人間50年…おやじを楽しむ

先日、満50歳を迎えました。鏡を見ると「まーおっさんそのもの」ですね(´;ω;`)。うまく生きれて30年ちょっとくらいかな…これから「興味をもった事」「面白いと思う事」をもっと知ったり、やったりしていこうかな。

私は将来、”老人ホーム”に入る予定ですが...できたら65歳で入りたい!は入れったっけ?

こんばんは。

「缶蹴り」の話の続きとなりますが、そのような経過を経て、西小学校にたどり着くことになります。到着時間は8:40くらいでしたか…定かではないです。

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 西小学校は、各学年2組までしかなく、1クラス大体40人程度だったと思います。

しかし、私の学年は一応2組までありましたが、1クラスあたり20数人でした。

なぜかというと、昭和41年生まれ(1966年生まれ)は”丙午”の年にあたり、出生が少ない年であり、特に田舎では顕著で他の学年とは明らかに少ない人数でした。

 

まず、1~2年クラス替えなしで、3年生でクラス替え、5年生でクラス替えがありました。1~2年は「大畑先生」、3~4年は「上田先生」、5~6年も同じ「上田先生」でした。

特に上田先生は白髪の先生で勉強のことはあまり覚えていませんが、「楽焼」をやっていて、何かにつけてその話題を持ち出していました。小学生に「楽焼」の話をしてもですね…。

meiwa.wiki.fc2.com

入学時も含めて6年間で3回のクラス替えがあったのですが、数人が6年間同じクラスになりました。

稲田晴彦くん、村田健一くん、宮川博美さんは特に印象に残っている人たちです。前にもふれた”ずっと好きだった人”が宮川さんです。

 

稲田くんは、今でも実家に住んでいて会うことはあまりないですが、私の結婚式の友人代表でご挨拶をしてくれました。おそらく現在、一番の友達だと思われます。(思われますとは、向こうはそうは思っていないかもしれないということです)

 

1~3年生くらいまでは、いわゆる”ガキ大将”的な存在で、恐ろしく悪ガキで嫌な奴でした。私は帰り道が同じではなかったので無事でしたが、一緒に帰る子たちはカバン持ちだけにとどまらず、”騎馬戦”ごっこ的なこともやらされていたみたいです。(騎手が稲田くん、騎馬役その他3人)

しかし、3年生の途中のある出来事で、稲田くんの天下に終止符を打つことになりました。

まー出来事って大袈裟なものでもなく、とても自然な流れでそのようになった…ですね。

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3年生の新学期にクラス替えがあり、私たちは1組で、稲田くんは1組の”ガキ大将”でしたがあたり前ですが、2組にも”ガキ大将”がいました。井上光男くんです。

井上くんは稲田くんのようなただの”悪ガキ”ではなく、スポーツ万能(正確にはのちにスポーツ万能です。クラブ活動は4年生からです。井上くんはサッカー部でした。)自然とリーダー的な存在となった。という感じで、女子にも支持者が多く、2組の中心的な存在だったようです。

結果は、当然、井上くん中心のクラスになりました。小学校の時といえば、「体力面」や「見た目の大きさ」などは女子のほうが勝っていました。ふつーにケンカしても男の子が負けて泣かされてしまうことがよくありました。特に井上くんは女子の支持が高く、逆に稲田くんは女子に嫌われていました。

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徐々に稲田くんは、休み時間の遊びの輪から外れるようになりました。

子供は残酷なもので、まー自業自得っていうのもありますが、今までの仕返しってこともありますが、結構、いろいろやられていました。でも、一対一でやりあう子はいませんでした。

 

私の場合、学校では一人でいることが多く、仲の良い友達がっていう感じではなかったですね。冷めていたんですね。なので、そのような”覇権争い”にかかわりを持ちたくなかったんです。今でもその傾向はあるのですが、”なかなか人に心を許さない!”のです。そして、「独りが好きなのです。」

 

でも、稲田くんのご両親には何故か良くしてもらっていました。親同士が仲が良かったのでしょう。うちは貧乏でしたのであれなんですが、稲田くんのお母さんからよく「おいしい食べ物」をもらっていました。どっかのお土産だったり、里から送ってきたものだったりと…。私、子供ながらに恩義を感じていました。

 

同情というものではなかったと思いますが、稲田くんをいじめる側には抵抗がありました。

そのころから、「親がコージくん連れておいでって言った。」とかいう理由で頻繁に家に遊びにいっていました。私としては、”おいしいおやつ”が目的ではありましたが...。

(※コージは私の呼び名です。)

 

稲田くんのお母さんはとても派手でかっこいい方で見た目が「青江三奈」みたいな感じでした。セリカリフトバック2000GT(前期型)を乗り回していたり、当時の女性にしては珍しく煙草を吸っていました。最近、他界されたのですが…。


青江三奈メドレー

 

現在、稲田くんは実家を改装して、「デイサービスセンター」を始めています。

頑張ってもらいたいものです。

私は将来、”老人ホーム”に入る予定ですが、(できたら65歳で入りたい)そのころには住める状態にしてほしいものです。

 

話は続きます。なんか先に進みませんが…。

 

 

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