人間50年…おやじを楽しむ

先日、満50歳を迎えました。鏡を見ると「まーおっさんそのもの」ですね(´;ω;`)。うまく生きれて30年ちょっとくらいかな…これから「興味をもった事」「面白いと思う事」をもっと知ったり、やったりしていこうかな。

「自分と人と比べる」ことに疲弊してしまう...が進行すると、心の健康が損なわれるそうです。たまには心の休日を。

こんばんは。

先日、職場の回覧物の中にちょっとした「読み物」があって、『疲弊』という文字を目にしました。『疲弊』(ひへい)が進行すると、心の健康が損なわれるそうです。

 

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目次

人は周りの人と自分をつい比べてしまう...

その記事の中には、自分の「立ち位置」、つまり、自分の能力をはかる指標として周りにいる人達と自分を比べる傾向にあるようです。良い意味でいうと”ライバル意識”みたいな感じに思えますが、過剰に人と比べてしまうと多大なストレスとなり、「心の健康」に悪影響を及ぼしてしまうそうです。「人と比べる」ことに疲れっきってしまうようになります。

 人と比較してしまうということは...

  • 他人の優れている部分
  • 自分の劣っている部分

を比較してしまうということで、

  • 落ち込み
  • 自信喪失
  • 嫉妬心

のような心境になってしまいます。

 『疲弊』している時とは...

以上のような心境が度重なり、”他人が羨ましい”とか思う気持ちが、徐々に”自分が情けない”と思うようになってきてしまう。

人と比べることに疲弊していきている可能性があります。

 今思えば以前の私も「人と自分を比べること」に疲弊していたのでしょう

 私も若い時はとても他の人の成績が気になっていた口です。一応、”ノルマ”のある職場でしたので、まー割と分かりやすいといえばそーなのですが、「残酷な世界」でもありました。まさに「命運を分ける」ことがしょっちゅうありました。とても、つらい時期でもありました。こー言ってしまうと元も子もありませんが、「身の程」が分かっていなかったのでしょう。

当時の自分を客観的に評価してみると、

  1. とても優秀
  2. 優秀
  3. 普通
  4. やや普通 ⇒ この部分ではないか
  5. 悪い
  6. とても悪い

そんな感じゃなかったかと思いますが、そーすんなり受け入れられずに1や2の優秀な方たちに張り合ったりしていました。分かってはいましたが、

「自分はこんなもんじゃない!」

「たまたま、運が悪いだけ!」

って思い続けていたような記憶があります。

 「人と比べること」を休むということ

やはり、運動や趣味など他に熱中することを見つけることです。頭の中を空っぽにすることで、「比べること」を考えない時間を作れます。「休日にゆっくりと過ごす」とはちょっと違うのかなって思います。

「羨ましい」という気持ちを受け入れること

「人が優れているから嫉妬する」、「自分が劣っているから自信をなくす」ではなく、自分の羨ましく思う気持ちを素直に受け入れ、

その人のようになりたい!

的な目標にするみたいな...うまく言えませんが、そのようなことではないでしょうか。

先ほどお話しした「身の程」についても『この身の程知らず!』みたいに使われていて、なんか”役立たず”的なニュアンスに感じますが、「身の程を知る」ということは、

「自分のことを正確に把握して、自分に足りないところを改善したり、補ていく 上でまず一番にやらなければならないこと。」

です。とても大事な作業です。

 

なんか、まじめな話になってしましました。

スミマセン。路線を外しましたような…。

といいますか、ただ「疲弊」という言葉を使いたかったのか…。

ただ、私「心はとても健康!」な方だとおもいます。

 

なぜなら、

羨ましい人が恐ろしくいっぱいだから。

 

 

 

 

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